アントニオ(トニ)・ネグリ、政治哲学者
「政治・哲学・マルチチュード」の季刊誌「Posse」を主宰。また月刊誌「グローバル」を、反グローバリズムグループと共に刊行中。現在パリで2つの研究セミナーを開いている。

 略歴
 1933年、イタリアのパドヴァ生まれ。父はイタリア共産党創立メンバーの一人。ネグリが2歳の時、ファシストに惨殺される。1956年『クァデルニ・ロッシ』(赤い手帖)に参加。マッシモ・カッチャリなどと共に『労働者階級』を創刊。60年代には、イタリア新左翼の労働運動の理論的指導者として活躍。「大衆化された労働者」「労働の拒否」などの新しい概念を生み出した。70年代に入ると、それ以前の伝統的産業労働者とは違う形で抵抗を始めた女性・学生・貧民・失業者・市民らの新しい社会的運動を理論的に統括し、アウトノミア(自律)運動を起こし、指導的人物となる。
 運動が高揚を見せ始めたころ、元モロ首相誘拐暗殺事件の共犯者として1979年に逮捕。ネグリは、獄中から立候補し当選。国会議員特権を得て一時拘束を解かれたが、二ヶ月後に議員特権を剥奪。再逮捕を前に、フランスに亡命。以後14年間をパリで過ごす。 この事件の背景は、最近になってやっと明らかになってきた。当時イタリアでは左翼が伸長し、それに危機感をいだいた右翼グループが密かに「恐怖の政治」政策を推し進めていた。そして大衆の左翼に対する共感を反感に変えるため、左翼の仕業に見せかけたテロ事件をいくつか引き起こしていたが、そういった流れの中での逮捕だった。そしてパリ亡命から14年後、国家転覆罪により有罪判決を下されていたネグリは、収監を覚悟の上でイタリア帰国を決意。空港で収監。5年間の下獄を経て釈放。
 これ以降、ドゥルーズやガタリらのフランス人知識人との交友を通してパリで基礎を築いたグローバル社会における新しい人間解放の理論を発展させ、「政治・哲学・マルチチュード」の季刊誌「Posse」を主宰。反グローバリズムグループと共に月刊誌「グローバル」を発行している。
 2000年に出版されたマイケル・ハートとの共著「帝国」は、脱領土化した現代社会を分析し、資本のグローバル化に対抗する理論的基礎を提示し、反グローバリズム運動に大きな影響を及ぼしている。
 また「帝国の時代における戦争と民主主義」(デクベール社、2004年)では、超越的な権力の側から規定される顔を持たないマスとしての人民ではなく、他の人や事物から孤立して存在すると仮定される個人ではない人間の在り方をマルチチュードと名付け、それぞれの特性を持った肉体が作り出す関係の中で、互いに影響しあい変化していくマルチチュードという解放の主体の在り方をさらに理論的に深化させている。 グローバリゼーションがもたらす経済、技術、社会的な変貌を分析し、新しい政治的抵抗の形態を明らかにしているこの二つの著作は、今世界中に大きな反響を呼んでいる。
 現在までネグリは、イタリアのパドヴァと、ウルム街のエコール・ノルマル(高等師範学校)、パリ第7および第8大学、そして国際哲学院と欧州哲学大学で教鞭を執っている。  資料 
 私は、日本に行ったことはありません。私が、自分の人格形成期に、日本から受けた文化的経験をここで思い出しても意味はないでしょう。なぜ無意味かと言えば、20世紀の人間には、誰でも日本的なところがあるからです。私は、日本をイメージすることはできません。むしろ、私に恐怖感を与えているのが日本です。アメリカとヨーロッパにあまりに似ているのが日本です。私が魅せられているのが日本です。もっとも謙虚な人々の生活、グローバリゼーションに押しつぶされない奥深い文化、強い革命的意思をもって生きているのではないかと思わせるほどのアンチモダン的な相違が見られるのが日本です。
 私の名前は、トーニ・ネーグリ(Toni Negri)です。私は、時代の流れの中で中立ではない立場で生きてきた哲学者です。私は、若い時代には、ドイツとフランスの文化をベースに育ち、熟年の時代には、極めて注意深い目でマルクス主義を見つめてきました。そして老いた今、いくらか過去を振り返りながら世界の混乱を見つめています。帝国体制が私達に強要している思想と文化、生産と表現の均一化に対抗する能力をもつ勢力が世界レベルで存在するかどうか知りたいと思っています。政治哲学レベルで理解に努めようとする私の努力は、この世界の中、その実体の中、その力関係の中で行動する意識、判断の中で何が起きているかを、直接的な政治レベルで理解したいという欲求を伴っています。
 私は、マキアヴェッリ、スピノザ、マルクスを勉強し、資本主義の発展に対抗するアンチモダンとは何かを模索してきました。私は、帝国の秩序に対抗しうる勢力が存在するかどうかを把握するために、帝国の成立の研究に取り組みました。現在、私は、一般大衆を構成する男女がどのような性格をもっているかを確認する作業に取り組んでいます。これらの問題について皆様とディスカッションできれば幸いです。
 パリからスタートさせる皆様との対話では、以前お話しした私が関心をもつテーマを集中的に取り上げることができればと思っています。私は、日本の皆様が現在の世界の現実、平和、戦争、貧困、愛についてどのように考えておられるかに特に興味を持っております。これらは、私達すべてにとって、極めて重要なテーマです。現実を理解し、私達が生活していく上で助けとなるからです。
ベネチア、2005.05.01